Humboldt-Universität zu Berlin - Kultur-, Sozial- und Bildungswissenschaftliche Fakultät - Institut für Asien- und Afrikawissenschaften

Foto:Peter Brune

ペーター・ブルーネ氏は、東京オリンピックが世界の耳目を集めた1964年、旧東ドイツのマグデブルクに生まれ、ザクセン・アンハルト州のロイター・シュタット、ガーデレーゲンで育った。学校の長期休暇や大学生活をベルリンで過ごした。そのため、彼は生粋のベルリン人のようで、たとえ東京で日本語を話していても、ベルリン人らしさを保ったままである。

 

写真の神秘に気がついたのは祖母の古いアルバムがきっかけだった。刹那の、しかもすでに過ぎ去ろうとしている時間。彼は瞬間を記録するという行為に魅せられた。早い時期から独学で写真を撮り始め、レンズの前に現れるものは何でも写真に収めた。ブルーネ氏が1988年にヒッデンゼーで撮った写真は、見る者に『クルーゾ』(ルッツ・ザイラーの2014年に出版された小説)を想起させる。東西ドイツ再統一後の1991年にフリーのカメラマンとして活動を始めたブルーネ氏は、夏の間は劇場フォルクスビューネの赤のサロンで働き、1994年に貯めた資金で数ヶ月にわたるアジアの旅に出かけた。日本と出会ったのもこの旅だ。日本は彼の興味を引き、1997年にはフンボルト大学の日本語科で学ぶことになる。同時にベルリン森鷗外記念館のコンピューター専門の学生アシスタントとして働き始め、当記念館のデジタル化に一役買った。その後2010年8月には東海大学との交換留学プログラムに参加し、10ヶ月間日本に滞在した。これをきっかけに日本での永住を決め、有名なマガジンハウスで写真家として働くかたわら、ウェブサイトの作成にも携わった。現在は同出版社のアートディレクターを務める。すでに「日本化」されたブルーネ氏は、再入国許可証の持ち主で、自宅は東京だ。日本の空港では「おかえりなさいませ」と挨拶される。

 

25年にわたりカメラを通して日本を追求している。その日本とは、観光向けでハイテクにまつわる月並みなイメージとはかけ離れた日本だ。彼が特に好む創作テーマは、東京の空や東ドイツの裏庭のロマンを思い出させるような下町の路地の雰囲気だ。こうしてできあがった作品は「写真特集」と呼べるだろう。どの写真もある歴史を物語る。まるで、写真の後ろに一本の映画が隠されているようだ。オープンで気負わない性格と言語能力のおかげで、彼は誰とでもすぐにコミュニケーションを取れる。被写体はこの写真家に信頼を寄せ、ブルーネ氏が近くでカメラを構えるのをごく自然に許す。

 

彼の特別な視点のひとつは、生の強烈なコントラストを捉えるところだ。ブルーネ氏はこのコントラストを感じ取るだけでなく、白黒の写真にそれを美化することなく映し出す勇気も兼ね備えている。しかし、それにもかかわらず彼の写真には詩情と美しさが宿っている。

 

ちなみに、ブルーネ氏は徳島県板東に存在したドイツ人戦争捕虜収容所とベートーヴェンの『交響曲第9番 歓喜の歌』の日本における初めての演奏を描いた『バルトの楽園』で、若き海軍将校グスタフ・アンダースを演じている

 

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